さざなみ

仕事へのモチベーションは相変わらず絶賛低空飛行ですが、それがどうしてか今日、真面目に自己分析したところ、ちゃんと仕事向き合ってない→結果を出していない→そんな自分に自己嫌悪・・というどこかの彼氏彼女の関係によく似た負のループだということが分かったので、トイレで俯いてばかり見ないでちゃんとやることやろうと思った。

 

今年初めて映画館に足を運んで見た映画は、「さざなみ」。

45年間愛し続け共に歩んできた夫婦。ある日、夫に、スイスの氷河から昔の彼女の遺体が見つかったとの手紙が届く。閉じ込めていた気持ちを思い出した夫は動揺し、今はもういない彼女の姿をそこかしこに追い求める。そんな夫に共鳴するように、妻の心も千々に揺らぐ・・・。

フランソワ・オゾン監督の「まぼろし」以来、ずっと好きな女優のひとり、シャーロット・ランプリング。最後のシーンの彼女の表情は、幾つになっても愛という不確かなものに翻弄される女の業の深さを良く表していた。


アカデミー賞主演女優賞ノミネート!『さざなみ』予告編

 

週末はうっかりKindleで買ったら止められなくなった「新宿スワン」を38巻一気読みして、心は歌舞伎町に逃避行。「さざなみ」とギャップありすぎだけど、チョコ食べた後はカラムーチョ食べたくなるそんな反動。

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3年ぶりにブログを書こうという気になったのは、自分よりもずいぶん若い知り合いが外国で毎日のように人生と取っ組み合っているブログを見たから。取っ組み合っている彼は苦労してるけど、その姿がまぶしくて羨ましかった。

今の私の暮らしは大きな波風もなくただ平坦だけど、平坦なりの感情の揺れ動きを少しずつ記録してみたくなったのだ。何年か後に見たら、ふとその時のことを思い出してニヤリとできるように。

桐野夏生「バラカ」読了。

ドバイの赤ちゃん市場で日本人に買われた「バラカ」は、身勝手な大人に翻弄されながら大震災前後を生き抜いていく。原子力発電所が震災で崩壊し東京すら警戒区域となっているデフォルメされた日本の有様は、一歩間違えばありえたかもしれない現実で薄ら寒い。

毎度ながら桐野夏生が秀逸なのは、非常に利己的な「嫌な人間」の描写だ。一人が嫌だから金で子どもを買う沙羅、恋人の親友と関係し、妻が津波の犠牲になっても涙すら流さず、バラカを物のように扱う川島。その野蛮さ、下品さにおぞましさを感じながら、それでも自分の中のどす黒い感情を目覚めさせるのか、どうしてもその「嫌な人間」から目が離せなくなる。 

東京島」同様、エピソードは若干蛇足に感じられなくもないが、650ページに渡る長編を飽きさせないストーリー構成は見事。

桐野夏生は、「ハピネス」みたいな本当にありそうな話と、「バラカ」みたいなありそうで無さそうな話があるが、本当にありそうな話の方が個人的には好き。これからも女の業を書き続けていただきたい。

バラカ

再開します

5月を越えたらきっと落ち着く、と思ったのに、あんまり6月も変わらない・・・。オーバーヒート気味でガタガタな身体メンテナンスのため、お休みをもらって鍼灸に。身体のねじれや辛い部分をぴたりと指摘され、緩めてもらう。よく考えたら、まだ帰ってきて3ヶ月なんだな。慣れないことがたくさんあることは、当然だな、と、うとうとしながら振り返る。

身体も心もやわらかくなって、ふわふわと家へ帰ってばたり、寝る。昼寝なんていつぶりだろうか。久しぶりに深く眠れて、夢も見ない。うっすら汗をかきながら目を開けると、入道雲が夕焼けに染まっていた。夏がやってくる。

My foolish heart

いろんなことにすぐ、馴染めているようで馴染みきれていない。あちこちに感じる違和感に、心は花粉症気味。なんてちょっと落ち込んだ帰り道、満開近い桜の陰間から覗く満月が優しい。慌てない慌てない。 

 

廊下で同僚が知人へ電話していたら、背後からえらいひとがわーわー仕事のプレッシャーを掛けにきた。聞こえないふりをして電話している同僚。えらいひとが過ぎ去った後おもむろに電話を切った彼は、「思わず、電話がかかったふりをしてしまったぜ・・・」って。えー、その会話全部留守電に話しかけたの?って、今頃意味の為さない留守電を聞いている知人を思い浮かべながら爆笑した。

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南博トリオ、「Like someone in love」を聴いて、うずくまってじっとしているよ。やっぱり、疲れているときには優しい音楽に限る。

 

夏の嘘

どわーっと吹き付ける春一番と横なぐりの雨がかき混ぜる湿った空気が、アジアっぽいなー!とおもしろがりながら帰宅。上から下までびしょぬれ。

一年間気を張っていた糸がぶちん、と切れたかのように、あらゆることが破れかぶれ。母から借りた車はガードレールへ派手にぶつけてドアを大破し(穴があいた・・・)、歯医者へ挨拶に行けば口を覗くと同時にあちゃーと頭を抱えられ、入院付き、親知らず抜歯を宣告される。ああ。30になる前のイニシエーションは、なかなかハードです。歯ハハ。

キミニアイタイ

日本へ帰ってきた。青い空とさんさんと降り注ぐ太陽がただただ嬉しくて、紫外線なんて気にせずに降り注ぐ光を全身で受け止める。

 

初日。やや緊張しながら、いつも使っていた通勤電車に乗り込むと、おなじみの顔ぶれに思わず笑みこぼれる。お疲れ顔のおじさんも、寝ぼけ眼の女子高生も、変わらずにそこにいた。されど1年の重みを感じたのは、高校生の男の子の背がぐんっと伸びていて、見上げなければ彼とは分からなかったこと。

 

会いたかった友達や同僚や上司に会い、ただいま、ありがとう!ってにこにこしながらちょっとした言葉を交わすのがとても楽しい。赴任前とはまた違う、ふわふわと落ち着かない日常を漂いながら、少しずつ地に足をつけてソフトランディング。

Your voice

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3日後にはもう帰国するというのに、この生活がまだまだ続くような気がしていてどうしても実感が湧かない。知っているところへ帰るというのはこんなものなのかな。日常をちょきんと切って帰る。

年末にも1年を振り返っているが、改めてベルギー生活の1年を振り返る。まず言えるのは、刺激的だったが、先の見えない浮き世暮らしだったこと。まあでもヨーロッパ、アフリカ合わせて18カ国回ったのは本当にいい思い出。色んな風土、文化、宗教が絡み合って、それぞれの国の個性を尊重しつつも、時に争いも起こりつつも、なんとか共存しているのがヨーロッパのいいところ。

日本はやれ◯◯歳になったら結婚しろ、とか、いい歳なんだからそんな服はみっともないとか、年齢でライフスタイルを区切る風潮があるけど、それが本当に意味の無いことと思えたのもベルギーに住めたから分かったこと。その枠にはまらないことが、いったい誰の迷惑になってるの?と考えたら、ほんと馬鹿馬鹿しくなっちゃった。これからは空気「読まない」で、もっと好きなことが出来るはず。

また残念だったことは、割とひとりぼっちだった点。同年代の同性に出会うことがほとんどなくて友達が出来ず、駐在員の奥様枠にも入れず浮いた。ぼっちは嫌いじゃなかったけど、コミュニケーションから得られる発想や慰めや安心感、そういうものに時として餓えた。だからこそ、日本では友人や知り合い、家族から、いかに多くのことを学ばせてもらっていたことに気付けてよかったな。遠いところわざわざ会いにきてくれたり、電話やメールで連絡してくれたみんなにはほんと、ありがとうを言いたい。

帰ったら、ぼっちなりにひとりで深く考えたことを、ぼちぼちと実行に移していこうと思っている。プライベートも仕事も。具体的ではないけど、私が結局いちばんやりたいことは、自分も含めた色んな人の孤独を少しでもなくしていくこと。

出来るか分からないけど、出来ることからちょっとずつ、やってみる。

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写真は最後の旅、クロアチアドブロブニク

天気がよくて、絶景で、まったくご機嫌な旅だった。辛かったこと、悲しかったことはするすると翡翠色のアドリア海に流れていって、やっぱりヨーロッパ来てよかったなって、不思議な運命にただ、感謝した。